保険がきかない治療
Q1. どうして保険の効かない治療があるの?
秋元:世界中で、入れ歯が保険でできる国はほとんどありません。ドイツと日本が例外ですが、ドイツでもほぼ半額は自己負担です。入れ歯やクラウン修復などについて、7割も公費で負担してくれる日本は例外中の例外です。
高福祉の国スウェーデンでも、大人の歯科治療が保険から全部外されたり、再び組み込まれたりと変化していますが、2010年現在で公費負担はほぼドイツ並みです。米国でも、貧困者と高齢者は昔から公費の保険(「メディケア」・「メディケイド」)で歯の治療を受けることができますが、そのほとんどは抜歯、歯を抜くことが治療、それでオシマイです。
日本の高齢者はどんな治療でも、ついこの間までは9割が公費負担だったわけで、このことと日本が世界最長寿(女性)であることとが無関係ではないと私は本気で思っています。
では、「どうして歯の治療は、保険で手厚く扱われないのか?」ということですが、それは公的な医療保険が「病気のために働けなくて貧困になる」ことへの対策、貧困が病気を生み、病気が貧困を生むという悪循環を断つために生まれた社会の仕組みだからです。
病気になった歯が体に良くないことは証明されています(だから抜歯が治療になります)が、歯のないことで働けなくなるでしょうか?そこは微妙です。
歯の病気は、楽しく食べて、笑って、語らう生活の大きな障害になります。ひとくちに言えば、このような生活の質(QOL=クオリティ・オブ・ライフ)の医療では、治療の必要性を決めるのも、治療のゴールを決めるのも、患者さんです。
保険は、みんなでお金を出し合ってケガや病気の治療を助け合う仕組みですから、医療を受ける人が医療の必要性を勝手に決めるものは扱いにくいのです。歯科医は、ほぼ決まって「厚労省は歯科に冷たい」と批判しますが、これはまったく逆で、厚労省の官僚は世界でも稀なこの日本の歯科の保険を守りたいと考えています。
理由は簡単で、日本の国民にとって歯科治療が保険で受けられることは、当たり前のことだからです。官僚の思考は前例踏襲です。水道の水が飲めることは、世界では珍しくても日本では当たり前です。お役人は、それを守ろうとだけ考えています。ただ、水道の水が飲用レベルのその国でも、多くの人がわざわざPETボトルのミネラルウォーターを買います。生活する本人が、自分の生活の質を決める主人公だからです。